在るものは在り、無きものは無いのだ。判らない事が世を支配ている。しかしそれに反して判るなどという思い込みを信じさせる。真実は常に存在せず思い込みがそこに在るだけ。在るは在る。在るは在る。理解は理解するという観念に支配された無意味な存在である。在るは在る。それだけである。理解は理解したと思い込むだけでしかない。在るは在るのだから。
何も力を入れることはない。力は抜くものだ。何も身構えることはない。全てなすがままなのだから。何も考えることはない。知らないことが幸せなのだから。人の事など考えなければいい。自分の事だけに集中し自分の事を最優先にするのがあたりまえなのだ。虚無な道徳心はいらない。空虚な倫理はいらない。すべてはなすがままなのだから。在るは在り、無きは無い。在るは在る、それだけである。
戯言は戯言である。それ以上でも無ければそれ以下でも有り得ない。嘘話は嘘話である。嘘だからこそ言える言葉もある。嘘は嘘である。つまりそれ以上でも以下でもない。写真はたんなる切り取られた風景である。風景に何を見るかは自由だ。だからそれ以上それ以下は無い。ただの空虚な空間でしかない。ここにあるのはそういうものである。だから在るものは在り、無いものは無いのである。


音楽というものは音を楽しむと書く。しかしそれが音楽の全てだとは限らない。音楽ではない音響の世界もまた聴覚を刺激しうるものである。だから私は音楽ではない音を作り続ける。
NETWARP – N.O.N
NETWARP – noise
NETWARP – universe


